JAFストーリー

Episode117 田んぼに車

安本茂紀隊員 39歳。北上基地。

安本茂紀 隊員 39歳
北上基地。
「農作業中のトラブルもけっこうあります。あぜ道で路肩がゆるんで田んぼに落ちてしまった、というのが多いですね」

Episode117  岩手県●遠藤克也さん・76歳/紀子さん・75歳

消防士だった遠藤克也さんは、家から車で20分ほどの場所に田んぼを持っている。田んぼは傾斜地にある。細長い1反の田が3段。いちばん下の半分は畑にして、そのとなりに小屋が建つ。粘土質の小山を買い取り、克也さんが、消防士をやりながら50年耕してきたのだ。ここ10年ほどは、いい土になってきた。 以前は田んぼの近くに暮らしていて、奥さんの実家からも近かった。

「まるっきり素人なんです。ほんとのこと言うと」
  と、紀子さんが苦笑するが、
克也さんが米をつくりはじめたのは50年前、結婚したときだ。紀子さんのお父さんから田んぼづくりを勧められたのだ。でも、紀子さんは、少し不満そう。
「私は農家で育って、町へ嫁にきたんだから、農業なんかやる気はない。でも、いつの間にか父がね、素人でもできるんだから、やりなさいと。うちの近くだから、機械は使っていいからと……」
  けれど、もう50年。りっぱな農業家ではないか。
「いやいや、ふつうは300年400年やってるんですよ。私は、ほら、50年だから」   と、克也さんは謙遜する。
「そうなんですよ。だから、ああいう田んぼに車で入るってこと自体が、素人なんですよ、まったくねぇ」
  と、紀子さん。

  昨年の10月。稲木に干した稲を脱穀する時期に、脱穀機の調子が悪くなり、田んぼに運べなかった。仕方ないので、脱穀機は小屋に置いたままにして、稲を運ぶことにした。乾いた田んぼに軽トラックを入れて、稲を積んだ。
  2日間は問題なく作業は終わり、3日目の午前中に、稲を積んでいると、ぐぐっとタイヤが半分ほど沈んだ。
「四駆だからね、大丈夫だと思ってたんだけど」
「どっさり載せて、そうしてるうちに、じわっと。これが素人でしょう?」
  手伝いにきてくれていた友人のアドバイスで、JAFを呼ぶことにした。待っている間に積んだ稲を降ろした。

  安本茂紀隊員がやってきた。ふたりは、そのときの様子を思い出しながら、感心する。
「あっと言う間に、レッカー車が、あぜ道を降りてきたんですよ、しかもバックで。大変な場所なんですよ、ほんと」
「傾斜は30度くらいかなぁ」
  克也さんはそう言うが、さすがに少し大袈裟だ。
  安本隊員もよく覚えている。
「下には反転する場所もなかったので、バックで降りて、そのままワイヤーを張って、手前のかたいほうに車両を引っ張ってきました」
  ワイヤーはアームとほぼ直角でも引っぱれる。だが、ワイヤーの長さが足りず、予備のワイヤーを足した。

「私の父も兼業農家でした。集中豪雨で田んぼが流されて、少しさびしそうでした」
  そんなことを、安本隊員は思い出していた。
「稲を掛ける作業だとか、干す場所ぎりぎりまで車を入れて稲を運びたいって気持ちもよくわかって、なつかしかったです。そんな父は、先月、亡くなったんですが」
  それぞれの思い出を積み重ねて、季節はめぐる。

(写真・文=松尾伸弥)

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